横浜地方裁判所 昭和53年(行ウ)11号 判決 1980年2月27日
原告
小栗文夫
外一一名
右原告ら一二名訴訟代理人
藤沢抱一
被告
神奈川県知事
長洲一二
右指定代理人
河西三郎
外二名
被告
建設大臣
渡辺栄一
右指定代理人
小川裕章
外六名
被告両名指定代理人
小沢義彦
外五名
主文
一 原告らの被告神奈川県知事に対する訴をいずれも却下する。
二 原告らの被告建設大臣に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実《省略》
理由
一請求原因一の事実、同二1の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二そこで、被告知事のなした本件決定が抗告訴訟の対象となる行政処分であるか否かについて判断する。
1 一般に行政処分に対する抗告訴訟において対象となり得る処分は、これにより直ちに私人に対し特定かつ具体的権利の侵害ないし制約を生ぜしめるものでなければならない。ところで、原告らがの取消を求める本件都市計画道路の変更決定は、都市計画道路の路線の追加及び既設路線の延長に伴う変更決定であり、それは、都市計画の内容の一部変更になるものである。このような都市施設に関する都市計画決定及びその変更決定は、都市計画法二条に定める「健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのために適正な制限のもとに土地の合理的な利用を図ること」を基本理念とし、同法一三条に定める都市計画基準に適合するように、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に都市施設を配置することにより、円滑な都市活動の確保、良好な都市環境の保持を目的(同条一項四項)として、高度の行政的、技術的裁量により一般的、抽象的になされるものであつて、直接特定の個人に向けられた具体的な処分ではない。
これを本件決定についてみるに、<証拠>によれば、告示第六一八号のうち、一・三・一高速湾岸線、一・四・五高速大黒線の追加、一・四・一横浜羽田空港線の一部変更は、臨海部に立地する港湾施設等を相互に連絡し、横浜都心部の交通混雑を緩和するために、三・一・五国道三五七号線の追加、三・一・四湾岸線及び三・三・三〇大黒線の一部変更は、臨海部に立地する港湾施設等を相互に連絡し、横浜都心部及び国道一六号線の交通混雑を緩和するために、また、三・二・五本牧線の追加は、国道三五七線との接続道路として、いずれも都市計画変更決定がされたものであること、告示第六一九号の各路線の変更及び追加は、いずれも東京湾岸沿いの各都市における各種機能の相互連絡と内陸部交通の緩和を図るためになされたものであることが認められる。
さらに、<証拠>に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件決定のうち、三・一・五国道三五七号線、本牧線、湾岸線及び大黒線に関する部分は、本件湾岸道路が都市計画施設として都市計画決定されるに際して、すでに(昭和五二年八月一九日に本件決定がなされる以前に)道路法の規定に基づき横浜市道として供用されていた道路あるいは臨港交通施設(港湾法二条五項四号)として一般交通の用に供されていた道路を右各都市計画道路の一部として横浜国際港都建設計画の中に組み入れ、本件湾岸道路の一部ないしは接続道路として都市計画決定されたものである。すなわち、横浜市告示第一三四号をもつて昭和四五年六月二五日供用が開始された、告示延長四、〇九四メートル、幅員二五ないし五〇メートルの横浜市道本牧方面第三七七号線(同日発行横浜市報第一、七〇六号)のうちの通称本牧産業道路といわれて幅員五〇メートル、六車線の約三、二〇〇メートルの部分、横浜市告示第二七八号をもつて昭和四九年一〇月二五日供用が開始された、告示延長一、七九〇メートル、幅員14.8ないし60.5メートルの横浜市道富岡方面第四一八号線(同日発行横浜市報第一、八六二号)(根岸湾八地区の既設市道)のうちの幅員五〇メートル、四車線の約一、三〇〇メートルの部分、さらには、横浜市告示第六六号をもつて昭和四一年四月一五日供用が開始された横浜市道磯子方面第五七七号線及び同杉田方面第五七七号線(同日発行横浜市報第一、五五五号)のうちの各一部は、いずれも国道三五七号線として都市計画決定されたものであり、本牧線及び湾岸線の各一部は本件決定の際すでに供用されていた前記横浜市道本牧方面第三七七号線の一部を、また、大黒線のうち鶴見区大黒町四二番地(横浜市道大黒橋通の終点、なお、昭和三六年一一月二五日発行横浜市報第一、三九七号)以北の部分は市道大黒橋通の一部を、いずれも都市計画道路(幹線街路)として横浜国際港都建設計画に組み入れたものである。なお、湾岸線のうち中区錦町三番の一地先(本牧方面第三七七号線の終点)以北の部分及び大黒線のうち鶴見区大黒町四二番地以南の部分は、本件決定以前に、すでに、港湾工事により、港湾施設として道路が完成し、一般交通の用に供されていたもの(なお、道路交通法二条一項一号)であり、これにより、湾岸線及び大黒線のほぼ全線が本件決定当時、道路として使用されていたものである。
(二) ところで、本件道路のうち本件決定の際未だ建設、供用されていなかつた部分に関する都市計画施設の整備事業については、本件決定後、その一部について施行主体が決まり、現に一部については着工されている。すなわち、首都高速道路公団は、高速大黒線及び一・三・一高速湾岸線の一部に関して高速横羽湾岸線一期(横浜市中区本牧埠頭から同市鶴見区生麦までの6.8キロメートル)事業を、一・四・一横浜羽田空港線の延長部分に関して高速横羽線二期延伸部(横浜市中区本牧埠頭から同区新山下までの0.8キロメートル)事業をそれぞれ都市計画事業として施行することになり、右事業の一部をなす横浜ベイブリツジについては、昭和五五年度着工、昭和六〇年度完成予定となつている。また、国道三五七号線は、昭和四九年一一月一二日、道路法五条一項の規定に基づき、昭和四九年政令三六四号により、起点を千葉市、終点を横須賀市、重要な経過地を船橋市(日の出町)、市川市(千鳥町)、東京都江東区(有明二丁目)、横浜市(磯子区)とする路線の指定がなされたものであつて、右国道三五七号線(なお、右政令は昭和五〇年四月一日から施行された。)については、被告建設大臣において都市計画事業によることなく(すでに事業に必要な土地を取得している場合など新たに土地を収用する必要のない場合には、都市計画事業として整備を行なう必要はない。)、道路法一二条の規定により直轄事業として新設工事をすることになり、その一部についてはすでに工事に着手している。すなわち、被告建設大臣は、昭和五三年八月三〇日付建設省告示第一、四一五号をもつて横浜市金沢区鳥浜町から同区幸浦二丁目までの約二、五〇〇メートルについて昭和五三年九月一日から新設工事を開始する旨告示し(道路法施行令二条一項)、同区間についてはすでに新設工事が開始されている。
以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。
都市計画とは、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るための土地利用、都市施設の整備等に関する計画をいい(都市計画法四条一項)、都市施設を定める都市計画にあつては、一般に都市計画施設の整備に関する事業を予定しているものであるが(同条一四項)、右説示のとおり、本件決定のうちすでに供用されていた道路部分に関する決定は、既設道路を新たに都市計画の中に都市計画施設としで位置付けしたにすぎないものであつて、その整備事業を予定しないものであり、これによつて原告らの有する権利に直接具体的な変動を及ぼすものでないことが明らかである。
また、都市計画施設の整備に関する事業を予定するその余の道路部分に関する本件決定は、当該事業との関係においては、その基礎を定める一般的、抽象的なものにすぎないというべきである。当該事業が都市計画事業として実施される場合には、爾後、施行者は、都市計画事業につき県知事ないしは建設大臣の認可あるいは建設大臣の承認を受け(同法五九条、六〇条、六一条)、その旨の告示(同法六二条)がなされるなど所定の手続を経る必要があるとともに、事業用地の任意買収、土地収用法による土地等の収用等により用地を取得するなど一連の手続を経て、道路建設工事がなされるものである(なお、首都高速道路公団が事業施行者である場合には、以上の手続の間に、同公団は、建設大臣から首都圏整備計画に基づいて定められた基本計画の指示を受け(首都高速道路公団法二九条、三〇条)、基本計画に従つて工事実施計画書を作成して、建設大臣の認可を受け(道路整備特別措置法七条の二第一項、七条の三第一項)、さらに、工事開始にあたり公告する(同法一〇条)等の手続が必要となる。)。かような都市計画施設に関する本件決定は、当該事業との関係においては、その基礎を定める一般的、抽象的なものであつて、これによつて原告らの有する権利に直ちに具体的な変動を及ぼすものとはいえない。
2 都市計画決定が告示されると、その効果として、都市計画施設の区域内において建築物の建築をしようとする者は、都道府県知事の許可を要する(都市計画法五三条一項)という制約を受けることとなるが、これは、都市計画の決定自体の効果として発生する権利制限とはいえないうえ、右制限により直ちにその区域内の土地、建物の所有者等の権利に具体的変動を及ぼすものとは解しえない(もつとも、原告らは、その主張自体に照らし、本件都市計画施設の区域内に、土地、建物の所有権、賃借権等の権利を有する者ではなく、本件決定により現実にかような制限を受ける者ではないし、また、その旨の主張をしている者でもない。)。従つて、都市計画の決定は、直接特定の個人に向けられた具体的な処分ではなく、また、都市計画施設の区域内の土地、建物の所有者等の有する権利に対し、直ちに具体的な変動を与える行政処分ではないといわなければならない。
(なお、都市計画施設の区域内における建築物の新築、増築等について不許可処分がなされた場合には、都市計画決定の瑕疵を主張して、右不許可処分の効力を争うことができ、これによつて、具体的な権利の侵害に対する救済の目的は十分に達せられるから、直接それに基づく具体的な権利変動の生じない都市計画決定、告示のなされたにすぎない段階では、未だ訴訟事件としてとりあげるに足りるだけの事件の成熟性を欠くものというべきである。)
3 原告らは、「本件決定に係る本件道路の建設、供用により、原告らの有する財産権、人格権、生存権、環境権が侵害される蓋然性が高く、右権利侵害は本件決定によるものとして一体的にとらえるべきであるから、本件決定は抗告訴訟の対象となりうる。」旨主張する。
しかしながら、本件決定の法的効果は、前記1、2で説示したとおりであり、原告らの主張に係る各権利(その当否は別として)は、本件都市計画決定の法的効果ないしはその付随的な効果としで侵害されるものではなく、本件道路の建設工事又はその供用により、そこを走行する自動車によつてもたらされる騒音、振動、排気ガスなどの事実行為によつて侵害されるものであつて、被告知事のなした本件都市計画変更決定、告示行為により右原告らの権利が侵害されるものでないことは明らかであるから(この点は原告らにおいても自認しているところである。)、本件決定及びその告示により原告らに直ちに具体的権利の侵害が生ずるものということはできない。
原告らは、本件決定後になされるであろう本件道路の建設、供用という一連の行為をも本件決定と一体をなすものとしてとらえるべきであると主張するが、本件道路のうち都市計画施設の整備事業を予定する部分については、本件決定から道路の供用が開始されるまでの間に、被告知事とは異なる行為主体(行政庁ないし行政主体等)による行政行為ないしは私法上の行為(さらには、道路の建設という事実行為)がなされるのであるから、これを被告知事が都市計画法二一条二項、一八条一項の規定に基づいてなした本件決定と一体をなすものとして、一つの行政処分と解することはできない。また、本件決定前に横浜市道等として供用されていた部分については、本件決定前における右供用行為及びそこを走行する自動車による原告らのいわゆる権利侵害を被告知事がなした本件決定と一体をなすものとみることができないことはいうまでもないし、既設道路について都市計画決定がなされたからといつて、道路供用の法的性質及びその実体が変わるものでもない。これを、三・一・五国道三五七号線についてみれば、横浜市道として供用されていた道路について、国道三五七号線として都市計画決定されたからといつて、直ちに市道としての供用が国道としての供用になるものではなく、既存道路につき重複して路線の指定(道路法五条)及び道路の区域決定(同法一八条一項)がなされることによつて、国道としての供用があつたものとみなされる(同条二項但書)のであつて、結局、国道三五七号線の区域決定がなされる(これにより重複していることが確定される。)までは、横浜市の管理する横浜市道としての供用であり、本件決定によりその法的性質が変更されるものではない。また、本件道路のうちの横浜市道等既設道路部分を走行する自動車による原告らのいわゆる権利侵害については、それが本件決定の前後を通じて横浜市道等としての供用に起因するものということはできても、本件決定以後の右権利侵害が本件決定によつてもたらされるものということは到底できない。
しかして、本件決定の取消を求める原告らの被告知事に対する本件訴訟は、本件道路の建設工事又は道路の供用によりそこを走行する自動車によつてもたらされる権利侵害に対する救済として提起されていたものであるが、本件決定のうちすでに供用されている既設道路に関する部分について、その取消により原告らのいわゆる権利侵害が救済されうるものであるか否かについて考察してみるに、仮に、判決により被告知事なした本件決定のうち右部分が取消されたとしても、右取消による効果は、右供用中の既設道路が都市計画法に定める都市計画道路でなくなるというに止まり、道路法の規定に基づいて、横浜市長が路線認定し(同法八条)、道路管理者たる横浜市が道路の区域決定をし(同法一六条、一八条)、横浜市道として供用している道路、ないしは、臨港交通施設として一般交通の用に供している道路であることまでも覆滅せしめうるものではないのであるから、本件取消訴訟によつては、原告ら主張の自動車の走行によつてもたらされる権利侵害に対する救済にはならないというべきである。この意味において、原告らには、本件決定のうち右部分に関する限り、その取消を求める訴の利益がないともいえる。
(もつとも、原告らは、かように本件道路のうちすでに供用されている部分(既設道路)もあり、現実に権利侵害を受けているものであるから、本件決定には事件性があり、訴の成熟性が認められるべきである旨主張するが、この既設道路の供用によつてもたらされる各種権利侵害(自動車による公害等)が本件決定によるものとみることができないことは前示のとおりであつて、原告らの主張は採用の限りではない。)
原告らの主張する権利侵害に対する救済は、本件決定に係る本件道路のうちすでに供用されている部分については、それによる被害を主張して、また、本件決定後に建設、供用されることが予定されている部分については、その建設さらには供用の開始により、原告らのいわゆる権利侵害がより具体性を有するに至つた段階において、実体法上の根拠に基づき民事訴訟による差し止め、損害賠償又は個別具体的な行政処分の取消訴訟によつてはかられるべきものであり、本件決定及び告示の段階においては、未だ訴訟事件としてとりあげるに足るだけの事件の成熟性を欠くというべきである。
4 原告らは、「環境侵害を生ずるような行政計画にあつては、特に環境権理論からいつても計画決定段階で訴の成熟性を認め、抗告訴訟の対象とすべきである」旨主張する。
思うに、環境侵害を生ずる虞れのあるような行政計画は、それが環境に不可逆的な影響を及ぼすことがあることを考慮して慎重に計画がなされるべきであるということはいいえても、計画決定段階において特に不服申立を認める実定法上の根拠がない以上、環境侵害を生ずる虞れがあるということをもつて、当然に該行政計画に訴の成熟性を認むべき根拠とはなしえない。
なお、原告らの主張するところの環境権については、憲法一三条、二五条を根拠にかかる権利を直接構成することは無理であり、他にこれを認むべき実定法上の根拠はなくその内容の漠然としていること、それを享有し得べき者の範囲を限定し難いこと等に照らし、環境権なるものを法的権利性を有するものとして承認することは困難であつて、環境権を根拠として訴の成熟性を認めるべきであるとする原告らの主張も採用できない。
5 以上の理由により、被告知事のなした本件決定は、抗告訴訟の対象とはならないものと解すべきである。<以下、省略>
(小川正澄 三宅純一 桐ケ谷敬三)
別紙一から六、別表1から17及び別図1から7<省略>